ひとりごと

首都圏で教師をしているゆとり世代の独り言。

年の瀬に思うこと

仕事納めもしたので、年の瀬に思うことをつらつらと

 

1.ストレスは体にとって害しかない

2021年最終勤務日、荒れているところの支援に入る。

どのように荒れているのかというと、簡潔に言えば、制御ができていないのである。

不適切な私語、大人を大人と思わないような言動、自分勝手を抑えられない、などなど

控えめに言っても、集団として機能していない状態である。

そこに支援に入り、あまり動かない主責任者にも苛立ちを覚えながら、指導を繰り返す。

各個人の特性も当然あるのだろうけれど、もはや環境が不適切な状態と言っても、言い過ぎではない。

それくらい、酷い状態であった。

わずか半日一緒の空間にいただけで、胃がやられた。

 

私は基本的にストレスが暴食につながるタイプだが、それを超えると一気に拒食に転じる。

過去に一度だけ、あまりにもストレスが蓄積し、爆発し、1週間程度の拒食に陥ったことがある。

その時は一緒に組んでいた主任が自分勝手すぎて、無茶苦茶すぎて・・・といった状況だったが、

そうか、今回もそれに近いのかもしれない、と思った。

 

結果、未だに完全復調とは言えず、胃に不快感が残り続けている。

 

本当に、ストレスは体に良くない。

下手したら命に関わる。

ストレスのない環境で仕事をしたいと思うが、

それは宝くじが当たるくらい実現不可能なのだろうな、と思う。

せめて報いがあれば良いのだが・・・。

 

 

2.何を優先するか

今、趣味の一つであった「合唱」から距離をとっている。

感染対策で参加していない、というのもあるのだが、熱が完全に冷めてしまったのが一番の理由になる。

 

コロナ禍への対応の中で、価値観の違いが浮き彫りになった。

主に、感染リスクに対しての、価値観の相違である。

国内でも数千人程度の感染が出ている時期に、対面での練習を行おうとする強硬派。

感染者が出た時の公私双方に関わるリスクを考え、オンライン継続を通そうとする幹部。

私は幹部側の人間で、対面については断固反対派だった。

 

対面で行いたいという気持ちは理解できる。

しかし、高リスク下で敢えて強行する必要はあるのだろうか。

どうしてその程度のことを考えられないのだろうか。

そんなことを思ったら、一気に冷めてしまった。

 

結果、対面練習が再開した今、一度も顔を出してはいない。

もちろんリスク管理のため、というのもある。

が、それ以上に、もう打ち込めないのである。

歌うことに、集中できないのである。

 

自分自身の広く浅い趣味を、そろそろ整理すべき時期なのかなとも思った。

かつて、二人目の子供が産まれた時に、妻から退団を要求された。

当時、幹部だったこともあり、自分の数少ないストレス発散方法だったこともあり、

結局退団せずに今に至る。

しかし、もしその時に妻に言われた通り退団していたら、

貴重な経験の多くを失っていたと思うが、今悩むこともなかったのかもしれない。

自分の選択に、今更ながら悔いは残る。

 

現在は、辞め時を探っているような状態である。

 

 

iPadを新しくし、対応するキーボード付きのケースを使ったら、なんとも使い勝手がよい。

これは本当にパソコンが要らなくなるやつだ、と思う。

結局写真の保管だったり、バックアップを取ったりで必要にはなるのだが、

技術の進歩とは、本当に凄いものだなと思った。